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先生
師匠シリーズ
幻想
2015年12月21日 16:46:11コメント:0観覧数:6573

先生 (7/10)


「で、どうしたの」
世界史の講義が終わった休み時間、洞窟であったことをどう話そうか悩んでいる最中に、先生の方から訊いてきた。
おかげで僕は、ビビって逃げたことを上手くごまかせずに、全部話してしまった。
かっこ悪いな。ゲンメツしたかな。


696 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/29(土) 00:05:08 mwHzvPwJ0

先生は窓際のいつもの席に腰掛けて、真剣な顔をして聞いている。
花柄の白い服が、射し込む太陽の光を反射してキラキラ輝いて見えた。
今朝、先生は昨日僕がこなかったことを怒りもせずに、いつもの笑顔で二階の窓から校庭の僕に手を振ってくれた。
今日もだけど、昨日もほかの子はこなかったらしいから、
きっと先生は、午前中ずっと教室で僕を待っていたはずなのだ。
二階の窓際で頬杖をついて、ぼうっと校庭を見ながら。それを思うと、僕は胸が痛くなる。
先生みたいな若くてきれいで頭が良くて優しい人が、
こんな誰もこない山の中で、じっと僕みたいなただの子どもを待ってるなんて。
先生は言わないけれど、きっと東京でしたいことがあったんだろう。好きな人だっていたかも知れない。
そんなものを全部捨ててこの田舎へ帰ってきて、
夏のあいだずっとこんなオンボロの学校で、たった数人の生徒を毎日待っているのだ。
僕が算数の問題を解いているあいだ、時どき先生は窓の外を見ながらぼんやりしている。
そんな時、先生はそこにいるのに、そこにいないような感じがする。
その横顔を覗き見するたびに、僕はなんだか悲しくなるのだった。
「そんなことがあったの」
先生は顎の先に折り曲げた人差し指をあてて頷いた。
「顔入道さんのことは聞いたことがあるわ。
 わたしが子どものころにも、男の子なんかは肝試しに行っていたみたいね。
 わたしは見たことないけど、不思議な話ね」
先生はそう呟いて、あのぼんやりした表情を一瞬だけ見せた。
僕は何故か慌てて、「こんなことってあると思う?」と問いかけた。
先生は我に返ったように目を大きく開くと、
「この世の中は不思議なことだらけよ。
 とくにこんな田舎にはね、生活のすぐそばにおかしな迷信や言い伝えがあるの。
 学校で習う物理や算数よりもずっと近くに。
 私も都会の生活が長くなっていくにつれて、忘れそうになっていたけど」
先生がふっと息をつくと、外はうるさいくらいジワジワジワジワ蝉が鳴いていたのに、教室の中は変にシーンとした。


697 :先生 中編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/29(土) 00:08:00 mwHzvPwJ0

ただの岩が怒ったり笑ったりするのも、学校では習わない不思議な力が働いているからだろうか。
ただの森を、鎮守の森なんて呼んで神社を建てるのも? 
お仕置きをするため、暗く狭い場所へ僕を押し込める父親の顔と、
暗闇でひとりになった後で、誰かがいつのまにか背後にいるような、あの振り向けない感じが頭の中をよぎった。
「でも理科や算数を教える先生としては、それで終わりってわけにはいかないわね」
その時、僕が感じたことをなんて言えばいいんだろう。
先生はゆっくりと立ち上がり、僕のまだ知らないことを楽しく、そして優しく教えてくれるあの素敵な表情をした。
僕をどうしようもなくワクワクさせてくれる大好きな顔だ。
先生は教壇に立ってチョークを握り、黒板にスッスッと手を走らせる。
その指が描き出す白くて涼しげな線を、僕は息をするのも忘れてじっと見つめていた。

748 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 21:55:07 4o0HgrnU0

先生は手にチョークを持ったまま口を開く。
「あなたは一昨日の夜、まずシゲちゃんと一緒に二人で洞窟に入った」
黒板には洞窟の絵と、丸と線だけの人間が二人描かれている。その上には①というマーク。
「一本道の洞窟の奥には顔入道の岩があって、お坊さんのミイラがあるというその先には行けなかった。
 二人は怒り出す寸前みたいな顔を見てから、入り口へ戻った」
行って戻った矢印が洞窟の中に描かれる。そして『怒る前』と走り書き。
「その後、タロちゃんが入れ替わりに一人で洞窟に入って行った」
②として、もう一人の丸と線だけの人間。
「洞窟の中から悲鳴が聞こえて、タロちゃんが走って出てきた。そして勢いあまって崖から落ちた」
矢印が洞窟の出口から先へ曲がって落ちた。
「タロちゃんが言うには、『顔入道が怒った』」
②の矢印が洞窟の奥でUターンする場所に『怒った後』という文字。
「次の日、つまり昨日の昼間、あなたはもう一度洞窟に行った。今度は一人で」
③だ。
「その時ちゃんと確認したけれど、洞窟は一本道で、枝分かれや人が隠れるような場所はなかった。そうね?」
頷く。
「洞窟の奥には顔入道の岩があったけれど、今度は笑っていた」
先生は③の矢印の先に『笑う』と書いた。
そうだ。顔入道は笑っていた。
昼間なのに懐中電灯の光なしでは真っ暗闇になってしまう洞窟の最深部で、白い顔と向かい合った、
この世のものとは思えない光景を思い出し、背筋が寒くなる。
「やっぱりその時確認したけれど、岩に顔を描いた塗料は古くて、とても昨日や今日に塗り替えたようには見えなかった。
 そうだったわね」
頷く。
先生はチョークを振り上げ、『笑う』の上に『古い』と書いた。
そして『怒る前』と『怒った後』の上には、『古い?』とクエスチョンマークつきで書いた。
先生はくるりと振り返り、ニッと右の眉毛と口の端を上げた。
「一昨日の夜の顔入道には、近寄って確認はしていないわね」


749 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 21:59:21 4o0HgrnU0

言われてみればそうだ。
でもその後、本当に岩が怒ったり笑ったりするなんてその時は思ってもみないのだから、仕方がないじゃないか。
「その顔入道のすぐ下に、白い塗料がついた岩が突き出ていたのよね。
 あなたが抜け落ちた牙みたいだと思ったその岩。その塗料も古かったかしら」
え?そう言えば確認していない。顔と同じ塗料だとばかり思っていたから。
「じゃあ、最近塗り替えた時についたものかも知れない」
塗り替えだって。やっぱり先生は顔が怒ったり笑ったりしたのは、誰かが岩を塗り替えていたと言うのだろうか。
「ううん。昨日あなたが確認した時には古い塗料が使われていた。
 だから、その前に岩の塗り替えなんて行われていなかったってことは間違いない。
 それに、あなたとシゲちゃんが出てきた後で、
 タロちゃんが一人で入って行くまでのあいだに、誰かが塗り替えるなんて出来っこないでしょ。
 入り口は一つしかないし、隠れられる場所もない。その入り口もあなたたちが見張ってたんだから」
そうだよ。その通りだけど、だったらどうして顔は怒ったんだ?
「答えは一つよ。算数みたいに。一昨日、あなたがシゲちゃんと一緒に見た顔は、岩に描かれたものではなかった」
ガンッと殴られたようなショックがあった。
確かに、二度目の時みたいに顔を近づけて見ていない。
洞窟に入るまでに岩に描かれたものだと教えられていたから、素直にそう思っていた。
それが白く塗られたハリボテだったというんだろうか。
でも待てよ。それがハリボテだったとしても、どうして顔が変わるんだ?
「ここで思い出して欲しいのは、
 一昨日の昼間に、あなたたちが秘密基地に集まって、顔入道の洞窟に行こうって話をした時のこと」
先生はいたずらっぽい顔をして、僕を試すように見つめてきた。
思い出せ。
あの時シゲちゃんが、『こいつももう俺たちの仲間と認めていいんじゃないか』なんて言い出して、
僕をその晩に、顔入道の洞窟に連れて行こうとした。


750 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:00:38 4o0HgrnU0

そしたらみんな怖がって、いろいろ言い訳して逃げた。
そして怖がりだと思われたくないタロちゃんがモタモタしているうちに、シゲちゃんに捕まってしまったのだ。
ピン、ときた。僕の頭がなにかを閃いた。それがどこかへ行ってしまわないように、必死で考えをまとめる。
あの夜。山奥の洞窟には、僕とシゲちゃんとタロちゃんの三人しかいなかったはずだ。
あんな場所に夜中、ほかの誰もくるはずがない。
でもだ。僕ら三人がその夜、あそこにくることを知っていたやつらがいる。
怖がって『行かない』と言ったほかの連中だ。
そして顔入道のハリボテ。
わかった!
ハリボテの後ろ側に初めから隠れていたんだ。僕らが洞窟に入る前から!
あんな所に誰かが待ち構えているなんて思ってもみなかった。
だけど、あいつらならそれが出来る。僕らがくることを知っていたんだから。
『怒る前』のハリボテの後ろに隠れて、僕とシゲちゃんをやり過ごし、
その後に入ったタロちゃんがやってくる前に、もう一つ用意していたハリボテと入れ替えて、『怒った後』にしたのだ。
ひょっとしたら、丸いハリボテの両面に顔を描いていて、くるりと裏返しただけなのかも知れない。
そして、岩に描かれているはずの顔が怒ったことに驚いたタロちゃんが悲鳴を上げる。
僕らが怪我をしたタロちゃんを担いで山を下りた後で、ハリボテごと撤収する……
くそう。誰がやったんだ、こんなイタズラを。
タカちゃんか、トシボウか、ユースケか、それともカッチンか。
ひょっとしたら二人、ううん、あの秘密基地にいた全員かも知れない。
卑怯なやつらだ。ブッコロしてやる。シゲちゃんにもチクッて、二人で仕返ししてやる。
そんなことを僕が感情に任せて喋るのを、先生はじっと聞いていたけれど、ふいにその顔色が変わった。
「ちょっと待ちなさい。今なんて言ったの」
いつもは穏やかな顔をしている先生の頬が、緊張しているのが分かる。
目が見開かれて、白目が大きくなる。眉毛が吊りあがる。
その言葉は質問しているのではない。こちらの答えなんてどうでもいい。そんな爆発前の確認の儀式だ。


751 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:02:46 4o0HgrnU0

「なんて言ったの」
その声はキリキリと軋むように尖っている。
「あ、いや、えと」
いきなりの思ってもいなかった展開に僕は足が震えてきた。
これからどうなるか分かるのだ。うちの担任の先生と同じだ。
僕はこの時間が一番嫌だ。なにか悪いことをして怒鳴られるのはしょっちゅうだけど、怒鳴る前の『溜め』の時間。
固まったように動けなくなる時間が僕には一番怖かった。
なんでだろう。『ブッコロしてやる』がまずかったのか。
それとも、自分でも気づかないようなヘマをしたのだろうか。
出会ってからあんまり経っていないのに、
訳知り顔で『優しい先生』だなんて勝手に思って、喜んでいたのがバカみたいだ。
一体なにが先生を怒らせたのだろう。
そんなことを、やがてくる溜め込んだ怒りの爆発をただ待つ身の僕は考え、
その睨みつけてくる恐ろしい視線に耐え切れず、思わず目を瞑ってしまった。
「あなた自分がなにを言ったのか分かってるの」
押し殺したような声が、ぐっと近づいてくる。
あ、ひっぱたかれる。
そう思った瞬間だ。
僕の頬っぺたに柔らかいものが触れた。ぐにっと頬肉が左右に引っ張られる。
僕は驚いて目を開けた。その目の前に、ニコッと笑う先生の優しい顔があった。
「ごめんね。怒られると思った?」
こんなに近くで見るのは始めてだったけど、
前髪を短く揃えたその顔は、すんなりと伸びた長い首の上にかわいく乗っていて、
僕よりずっと年上だと思っていたのに、その時はほんの少し年上の女の子のように見えた。
そのせいで胸がドキドキする。怒られると思った緊張も混ざっていたかも知れないけれど。
「あなたが勘違いをしていたから、分かりやすく教えてあげようと思っただけなの」
先生はよく分からないことを言いながら、スッと僕のそばを離れて教壇に戻って行った。


752 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:06:06 4o0HgrnU0

「あなたとシゲちゃんが最初に見た顔入道は、岩に描かれたものではなかったけれど、
 あなたが思ったようなハリボテでもなかった。
 確かに、ハリボテが本物の顔入道の手前にあったなら、
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