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先生
師匠シリーズ
幻想
2015年12月21日 16:46:11コメント:0観覧数:4974

先生 (4/10)

 なんにも言わずに仕送りをしてくれてたお母さんが、どんな思いでこの田舎で働いていたか、全然考えてなかった」
だから今は臨時教員などをしながら、家で母親の看護をしているのだそうだ。


538 :先生 前編  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/22(土) 00:17:11 ZFtl5JP90

僕はお邪魔したことはないけれど、校舎の隣の小さな家に二人で暮らしているらしい。
先生には、なにかやりたいことがあったんだろうと思う。
それを捨てて、今はこうして田舎で子どもたちを教えている。小さなオンボロの学校で。手作りの問題集で。

お昼になって僕が帰る時、先生はいつも二階の窓から身を乗り出して手を振った。「明日もきてね」と。
僕はいつか夏が終わるなんて、考えていなかったのかも知れない。
蝉の声が耳にいつまでも残っていて、晴天の下をポッコポッコと歩いて、
通る人の影もない道を、毎日毎日わくわくしながら通い続けた。

林間学校からシゲちゃんが帰ってきても、午前中だけは彼らの遊びの誘いに乗らなかった。
「そろそろ宿題やんないとヤバイ。うちの学校ごっそり出るんだ」と言うと、
「大変だな」と頷いて、シゲちゃんはそれ以上無理に誘ってこなかった。
このあたりにも、親分としての器量が伺える。
ただ、朝から外に飛び出して行くシゲちゃんが、いきなり帰ってくることはまずなかったけど、
念のために「あ、でも気分転換に散歩くらいするかも」と、予防線を張っておくことも怠らなかった。
僕はなんとなく鎮守の森を越えて行く夏休み学校のことを、ほかの人に知られたくなかった。
特にシゲちゃんに知られてしまうと、先生と二人だけの時間をぶち壊しにされてしまいそうで。
先生もシゲちゃんのことを知ってたし、
シゲちゃんが鎮守の森の先を『なんにもないよ』と嘘をついたことが、ずっと気になっていたのだった。
朝から遊びに行くシゲちゃんを見送ってから、こっそりと家を抜け出すのだけれど、
午後からはきっちりシゲちゃんたちと遊びまわったし、特に怪しまれることはなかったと思う。
問題は妹のヨッちゃんだ。毎朝「どこ行くの」と聞いてくる。
そのたびに「散歩」とか、適当なことを言って追い払うのけれど、
家から抜け出すたびに尾行されていないか、途中で何度も振り返らなくてはならなかった。


539 :先生 前編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/22(土) 00:19:50 ZFtl5JP90

世界史の講義は、ローマ帝国の興亡からイスラム世界の発展へと移り、
先生の作る折り鶴もだんだんと増えて、教室の窓に鈴なりになっていった。
休憩の時間には、僕も習いながら鶴を折った。僕はコツを教えてもらってもヘタクソで、変な鶴ができた。
全体的に歪んでいて、あんまり不格好で悔しいので、
せめてもの格好付けに、羽の先をくいっと立てるように折った。戦闘機みたいに。
先生はにこにこと笑いながら、その鶴も飾ってくれた。
朝から雨がぽつぽつと降り始めていたのに、鎮守の森を抜けるとカラッと晴れていたことがあって、
先生は僕のその話を聞いたあと、「山だからね」と頷いてから、
「でもあの森って、不思議なことがよくあるのよ。私も子どものころに……」と、怪談じみた話をしてくれたりした。
先生の白い服の短い袖から覗く腕は細くて頼りない。トカイもんの手だ。
先生は僕の知っている先生と比べても若すぎて、まるで近所のお姉ちゃんみたいだった。
でも、そんなお姉ちゃんの口から、
マルクス・アウレリウス・アントニヌスだとか、ハールーン・アッラシードなんて名前がパシパシと出てきて、
それが変にカッコよかったのだった。

そして、その日がやってきた。

661 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:45:47 4kHIdhSj0

その日は特に陽射しが強くて、やたらに暑い日で、
家で飼っていた犬も地べたにへばりついて、長い舌をしんどそうに出し入れしていた。
それでも僕ら子どもには関係がない。
夏休み学校から帰ってきて昼ご飯をかきこんでから、午後にシゲちゃんたちと合流すると、
裏山に作った秘密基地に連れて行かれた。
そして木切れや布で出来た狭い空間に顔を寄せ合うと、シゲちゃんが神妙な顔で言う。
「こいつももう、俺たちの仲間と認めていいんじゃないか」
僕のことだ。これで何度目だろう。
こんなことをシゲちゃんが言い出した時は、決まって『秘密の場所』に連れて行かれる。
それは沢蟹がたくさんとれる場所だったり、野苺が群生している藪だったり、カブト虫がうじゃうじゃいる木だったりした。
みんながうんうんと頷くと、シゲちゃんは目を瞑って、
「今日の夜、カオニュウドウの洞窟へ連れて行こう」と言った。
それを聞いた瞬間、みんなビクッとして急にそわそわし始めた。
そして、「今晩は親戚がくるから」だとか、「家のこと手伝えって言われてるから」なんていう言い訳を並べ立て始めた。
変にプライドが高いタロちゃんがその波に乗れない内に、
シゲちゃんがガシっとその首を腕に抱えて、「おまえはくるよな」と言った。
「え、あ、う……うん」と、明らかに狼狽しながらタロちゃんは頷き、しまったーという表情をした。
シゲちゃんは「へん、臆病もんは置いといて、三人で行こうぜ」と言って僕を見る。
たぶん怖いところなんだろうと思ったけれど、面白そうという思いが先に立った僕は、ピースサインなんか作って応えていた。
後で後悔するとも知らずに。

その夜、晩御飯も食べ終わり、もう寝ようかというころに、
納屋から懐中電灯を持ち出したシゲちゃんが僕に目配せした後、
子ども部屋の電気を消してから、ソロソロと忍び足で縁側を下りた。
庭の垣根のあいだから抜け出すのだ。こんな時間に遊びに行くといっても絶対に怒られる。


663 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:49:05 4kHIdhSj0

どうせ怒られるなら、遊んだ後だ。
前にも夜中にホタルを見に行って、夜明け前に帰ってきて布団に入ったのにしっかりバレていて、
次の日、二人しておじさんにゲンコツを喰らったこともあった。
大人に見つからないように、懐中電灯はつけずに田んぼの中の道を歩く。
田舎の夜はとても暗く月も出てなかったので、なんども躓いてこけそうになりながら、僕たちは山へ向かった。

途中、一本杉のところでタロちゃんと合流し、三人になった僕らは、村の外れの小高い山へ分け入っていった。
ヤブ蚊をバチバチ叩きながら草を踏んづけて進むと、だんだんと心細くなってくる。
シゲちゃんとタロちゃんの二人が持ってきた懐中電灯だけが頼りで、
昼間きても足がすくみそうな、ほとんど獣道に近い山道を恐る恐る登っていく。
道みち教えてくれたカオニュウドウの話は不気味で、
これからそこへ行くのかと思うと、そのままUターンして帰りたくもなったけれど、
そのカオニュドウなるものを見たい、という好奇心がわずかに勝っていたのだろう。
『顔入道』は、この村に古くから語り継がれてきた伝承なのだそうだ。

昔、えらいお坊さんが、山の中で木食(もくじき)をしたあと、そのまま山中の洞窟で即身仏になったらしいのだけれど、
『入ってきてはならぬ』と言われていたにも関わらず、村の人が即身仏を拝もうとして中に入っていったところ、
途中で急に洞窟の天井が崩れてしまい、その先へ行けなくなってしまったのだそうだ。
その洞窟を塞いでいる崩れた岩がまんまるで、
まるでふくふくとしていた、生前のそのお坊さんの顔のようだというので、
村の人が彼を偲んで岩に絵を描いた。
お坊さんの顔の絵を。
ありがたい即身仏には会えないけれど、その岩に描かれた顔を拝みに、たくさんの村人が洞窟にお参りしたそうだ。
時が経ち、やがてその習慣も絶えて、
一部の物好きだけが時どき興味本位で見に行くだけになったころ、その岩に異変が起こった。
動かないはずの顔の絵が、ある時突然怒りの表情に変わっていたのだという。
それを見た村の若者は、なにか良くないことの起こる前触れではないかと村の仲間に告げたけれど、相手にされなかった。


664 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:52:56 4kHIdhSj0

ところがその年、過酷な日照りが続いて村は飢饉に見舞われ、多くの村人が命を落としてしまった。
いつのまにか元の表情に戻っていた洞窟の顔は、それ以来また村人の畏敬の対象になった。
そして顔入道と呼ばれて、年に数回お祭りとして顔の塗りなおしが行われては、村の吉兆を占なったのだそうだ。

「今でも?」
僕が訊ねるとシゲちゃんは首を振る。
「もうやってない。というか、みんな知らない」と言う。
どうやらその時代も過ぎて、村に人が少なくなった今では、
顔入道のお祭りが廃れたどころか、その洞窟自体ほとんど知られていないのだそうだ。
だからこそ『仲間だけの秘密の場所』なのだろう。
「じいちゃんばあちゃん連中でも、あんまり知らないんじゃないかな」とシゲちゃんは言う。
けれど、どこからかその顔入道の噂を聞きつけたシゲちゃんは、春ごろに実際に見に行ったのだそうだ。
タロちゃんたち数人の仲間と。
「どうだった」
ゴクリと唾を飲んだ僕に、シゲちゃんとタロちゃんは顔を見合わせて、
「ホントに岩に顔が描いてた。けど怒ってなかった」と言った。
本当にあるんだ。僕はやっぱりそれが見てみたくなった。
「で、でもさ、今度はさ、怒ってたら、どうする」
タロちゃんが落ち着かない様子で手に持った懐中電灯を揺らす。
シゲちゃんは鼻で笑って、「そんなことあるもんか」と言った。
夜の闇になんの鳥だかわからない鳴き声が時どき響き、僕はそのたびに身体を硬くする。
怯える気持ちを叱咤しながらガサガサと草を掻き分けて、ひたすら懐中電灯の光を追いかけた。

やがて山の中腹あたりで、木々が開けた場所に出る。「あそこだ」とシゲちゃんが光を向けた。
ゴツゴツした岩が転がっているあたりに、少し奥まった洞窟の入り口がひっそりと佇んでいた。
思わず踏み出す足に力が入る。
すぐ前が2メートルくらいの崖になっているので、回り込んで近づく。
入り口の前に立った時、タロちゃんがおずおずと口を開いた。


666 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:55:40 4kHIdhSj0

「なあ、中には入らなくていいだろ」
「なに言ってんだ」
「いいだろ。場所は教えたんだし、あとは中入って真っ直ぐだし」
タロちゃんは本格的にビビってしまっているらしい。
ここまできたのは、当初の目的である僕を顔入道の所へ連れて行くためだとあくまで主張するタロちゃんを、
シゲちゃんが「臆病もん」と非難する。
その怯えように僕まで怖くなってくる。
「ようし、じゃあ俺たちが先に入ってやるから、そこで待ってろ。帰ってきたら今度はお前の番だぞ」
とタロちゃんを睨みつけて、シゲちゃんは僕を促した。
タロちゃんはホッとした顔で「ああ、いいよ」と、妙に強気な口調で返す。
なるほど、タロちゃんからしたら、洞窟の中の顔の表情さえ確認できたら良いのだろう。怒ってさえなければ。
岩に描かれた顔が変わるなんて、そんなことあるわけないと分かっているのに、
頭のどこかでそれを想像して、足が動かないのだ。
それは僕もよく分かる。

暗闇に包まれて、ほんの少し奥も見えない洞窟の中。
振り向くと、わずかな星明りの下に四方の山々が、黒い胴体をのっぺりと横にしている。
人間の光なんてここからはなにも見えない。
何百年も前にこの洞窟の奥へと消えたお坊さん。
その人はそれからこの世界に戻ることなく、即身仏になったんだという。
即身仏ってのは、ようするにミイラのことだ。生きたまま断食をし続けて、そのまま死んでしまうってこと。
どんな気分なんだろう。
瞑想をしたままお腹が減りすぎて、だんだんほとんど死んじゃったみたいになってきて、ある瞬間に死の境目を越えてしまう。
その時って、どんな気分だろう。そのことを想像すると、どうしようもなくゾッとしてしまった。
「行こうぜ」とシゲちゃんが僕をつつく。
迷うまもなく、僕はぐいぐいと背中を押されるように洞窟の中へ連れて行かれる。
タロちゃんは本当に入ってこない気のようだ。
足元には小さな石がゴロゴロ転がっていて、足の裏の変な所で踏んでしまうとやけに痛かった。


668 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE:2009/08/28(金) 22:58:44 4kHIdhSj0

大人でもなんとか屈まずに通れるくらいの高さの洞窟は、ところどころ曲がりくねっていて、
先生 (1/10)先生 (2/10)先生 (3/10)|先生 (4/10) |先生 (5/10)先生 (6/10)先生 (7/10)先生 (8/10)先生 (9/10)先生 (10/10)
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