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創作
長編
つきまとう女
2013年02月12日 20:44:42コメント:0観覧数:56919

つきまとう女 (1/5)

899 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:34:08 ID:T70ctGeH0

二年前の夏。俺はバイクで北海道ツーリングに出かけた。
目的は北海道一周。日程は3日間。気ままな一人旅だ。
北海道は予想以上に何も無い。街から街まで100kmを越えるときもある。
その間、コンビニはおろか自販機すらない。

気楽に長距離ツーリングを楽しもうと思って来たが最後。
本当に長距離ツーリングが好きな人間以外には苦痛でしかない。
俺の旅のコンセプトは、なるべく金をかけないこと。
その為、旅館やホテルには一切泊まらず旅をする。

道中での悩みは、ガソリンスタンドが街にしかないことだ。
24時間営業なんて論外。大概のガソリンスタンドは、19:00には店を閉じる。
早いところだと、17:00に閉めていたところも在った。
俺のバイクは燃費が悪く、満タンで160kmしか走らない。

日程は3日間。夜も走らないと間に合わない。
だが、俺は頭の悪いことに、ガソリン携行缶を装備していなかった。
更に、4日後には会社が始まるギリギリの日程。
間に合うはずが無い。俺はその事に、半周した時点で気付いたのだ。

俺は考えた。
一周を諦めて、道央を突っ切り、函館からフェリーに乗って陸路で帰るか。
それとも、意地で爆走し、小樽まで帰還して一周をやりきるか。
悩んだ挙句、俺は一周することを決めた。
「諦めたら、そこで試合終了ですよ」
敬愛する安西先生がそう囁いたのだ。


900 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:34:49 ID:T70ctGeH0

二日目の夜。俺は走っていた。
北海道の夜は静かで暗い。東京の夜が昼間に感じられる程に、静かで暗い。
辺りは木々が連なり、まるで俺に覆い被さる様にそびえている。
気を抜くと、木々の中に飲み込まれてしまうような深遠を感じさせる。

途中、メーターを見ると、ガソリン警告灯が点灯していることに気付いた。
今日はここまでだな。そう思った俺は、道の駅にバイクを止め、そこで夜を明かすことにした。
俺が止まった道の駅は、仮設トイレが設置されている以外に何も無い。
覚悟はしていたが、なんとも寂しい限りだ。
辺りには、民家どころか人一人居ない。小さな街灯だけが、俺と俺のバイクを照らしていた。

携帯していた食料を平らげ、俺はコンクリートの上で横になる。
月がやけにキレイだった。こんな月も、東京では見ることが出来ない。
俺は北海道に来たことを少しだけ嬉しく思った。
相変わらず木々に囲まれた深遠の暗闇の中で、俺は眼を瞑る。

眠りに落ちかけた時、静寂を破る車のエンジン音が聞こえた。
時刻は2:00。こんな深夜に走る人間が北海道にも居るのだな、と思い眼を開ける。
どんな車が深夜の北海道を走っているのか、興味を持った俺は、道路沿いに顔を出した。

なんのことはない。ただのトラックだった。
俺は踵を返し、再び眠りにつこうとした。
そのとき、妙なことに気付いた。仮設トイレのドアが開いている。


901 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:35:42 ID:T70ctGeH0

ここに来たとき、仮設トイレのドアが開いていた記憶はない。いつ開いたのかは分からない。
少なからず俺が居る間、誰も来てないし、俺も使っていない。
トイレの中までは角度的に見えない。
ドアは、小さく音をたてながら揺れている。

僅かに近づくと、白い布のようなものが見える。
「誰かいるのか?」
俺はトイレの中を覗いた。
瞬間、俺の心臓が脱兎の様に跳ね上がり、全身の毛穴が一気に開放される。

女が首を吊っていた。
俺は腰を抜かした。24年生きていて、腰を抜かすなんて初体験だ。
いつから?なんで?どうして?
そんなことばかりが頭を巡る。
全身が震えていた。嫌な汗が這いずる様に、全身から流れ出ていた。

とにかく警察に連絡しなくては。
そう思った俺は、バイクに置いてあるケータイを取りに行った。
その瞬間、大きな衝撃音が鳴り響いた。
驚きのあまり、俺はその場で転倒した。

振り返ると、女がトイレの前に立って俺を見ている。
怯える俺から女は目を離すことなく、ゆっくりと右腕を上げると、仮設トイレを殴りつけた。
女の力で殴ったとは思えないような、大きい衝撃音が鳴り響く。
現実離れした光景に、俺は泣きそうだった。


902 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:36:35 ID:T70ctGeH0

女の首には、ロープが巻きついたままだった。
汚い白のワンピース。長いぼさぼさの髪。長い髪の間から、気味の悪い眼光が見える。
どうみても普通の女じゃない。
女は無表情で俺を見ながら、仮設トイレを殴りつけ、衝撃音を鳴り響かせる。

周りには誰も居ない。
暗い殺風景な空間に、腰を抜かす俺と仮設トイレを殴る女。
女は首を吊っていたはず。生きている?なんで?
そのうち、仮設トイレを殴りつけるスピードが上昇し、女が小声で喋りだした。
「見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた」
俺の血液は沸騰した。

「なんだ!?なんなんだ、おまえ!?」
俺は大声で怒鳴った。
「いたずらなのか!?こんな誰も居ないところで、こんな悪趣味なことすんじゃねぇよ!!!!」
女は手を止め、そのままゆっくりとうなだれると、「どうして?」とつぶやいた。
俺の血液は更に沸騰した。
どうして?意味が分からん。聞きたいのはこっちだ。
「なに言ってんだ、この!!!ボケアマァ!!!さっさとどっか行けぇ!!!!」
女は顔を上げ俺を睨む。
「嫌だ」
女はそう言うと自分の左腕に噛みついた。

「嫌だ。嫌だ。嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ」
つぶやきながら、女は自分の左腕に噛みつく。
血が吹き出ても噛みつくことを止めない。肉の切れる音がする。
女は泣いていた。泣きながら自分の腕を食いちぎっていた。
女の口は血で真っ赤に染まっていく。腕からは白い骨が見え始めていた。
俺の脳裏に、『逃げろ』という言葉が閃光のように走る。
こいつは手に負えない。精神異常者だ。変態だ。変質者だ。


903 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:37:18 ID:T70ctGeH0

俺はバイクに向かって全力で走った。
逃げなければ俺が食われる。そんな思いが全身を駆け抜けた。
メットを手に取り後ろを見ると、あの女がいない。

なぜ、居ない!?
その瞬間、俺の肩に何かが触れた。
あの女の血まみれの左手だった。
女はいつの間にか、俺の真後ろにいた。
「置いてかないで…」
女がそう言うのと同時に、手に持ったメットを女の顔面に叩きつけた。

これ以上無い程の全力で、俺は女を殴った。
女は口と鼻から血を噴出しながら、後ろに仰け反る。
それでも女は、俺の肩から手を離さない。
俺は何度もメットを女の顔に叩きつけた。俺は絶叫していた。

ようやく女が俺の肩から手を放し、後方に倒れる。
メットを女の顔面めがけて全力投球した後、バイクで俺は逃走した。
なんだ!?あれはなんなんだ!?
恐怖と不安を振り払うように、俺はアクセルを捻った。


904 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:38:38 ID:T70ctGeH0

次の瞬間、俺は見覚えのないベッドの上で目が覚めた。
病院?何で病院なんかに?
そこは明らかに病院だった。何故自分がここに居るのか、全く記憶がない。

俺は北海道の道の駅で、キチガイの女から逃げている最中だった。
なのに、その先の記憶がない。
何故か俺は病院の中に居る。
怪我はしていない。事故を起したわけでもない。
俺は病室の外に飛び出ようとした。
ドアが開かない。外側から鍵がかけられている。
「誰か、誰かいませんか!?」

すると、看護師と思わしき男が出てきた。
「どうなさいました?」
「いや、あの、ここはどこですか?俺は何でこんなところに居るんですか?」
看護師は溜息をつくと、
「担当の先生との診断がそろそろ行われますので、詳しい話はそこで」
そう言ってどこかへ行ってしまった。

俺は頭が混乱した。
ここはなんだ?何故、病室に俺は閉じ込められている?
ふと、ベッドの脇に目をやると、ノートが置いてあった。
ノートを手に取り、中を見ると、そこには俺の文字がびっしりと書き連ねて在った。

『助けてくれ。あの女が。殺したのに。誰も俺を信じてくれない』
内容の意味はさっぱり分からないが、筆跡は間違いなく俺の字だった。


905 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:39:21 ID:T70ctGeH0

暫くノートに見入っていると、ドアの鍵が開く音がした。
振り向くと、さっきの看護師の男と、警察官の姿をした男が入ってきた。
警察官が俺の手首に手錠を嵌める。
「ちょっと、何で手錠なんか!?」
警察官は黙って俺を殴りつけた。

倒れた俺を見下しながら警察官は、「面倒をかけるな」とだけ言った。
二人の男に連れられ、俺は診察室と書かれた部屋に入れられる。
白衣を着た医者のような男が待ち構えていた。
二人の男は部屋から出て行き、俺と医者の二人きりになる。
「調子はどうかね?」

医者が問いかける。
「訳が分かりません。何故、俺はこんなところに居るんですか?
俺は北海道に居たはずです。俺は家に帰りたいです。家に帰して下さい」
「君に帰るところなどない」
「え?」


906 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:40:04 ID:T70ctGeH0

「君は、所持していたヘルメットで女性を撲殺し、警察に捕まった。
その後、心神喪失と診断され、この病院に隔離されることになった。
君は社会的に完全に抹殺されているし、帰る場所も全て処分された。君に帰るべき場所はない」
こいつは何を言っている?俺が女を殺した?

俺の脳裏に、あのキチガイの女が浮かんだ。
あいつを殺したのか?俺が?だからここに居る?そんな馬鹿な。俺に警察に捕まった記憶はない。
だが、隔離病棟に居る。それは俺が精神異常者で、記憶があいまいなのも精神異常者だから?
いや、違う。俺は正常だ。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。

「混乱しているようだね?」
医者が不意に話しかける。
「当たり前じゃないですか」
「君はもう社会的に死んでいる。気分はどうかね?」
「なんだと?」
こいつ、俺を挑発しているのか?俺が社会的に死んでいるだと?何のつもりだ。そんな事があってたまるか。

「俺は誰も殺してない。社会的にも死んでなんかない!!お前は嘘吐きだ!!!」
「いいや、君は殺した!だから君は、彼女と永遠に死ぬんだ!!
永遠に彼女とともに死ね!!!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
「何を言ってるんだ、テメェはぁ!!!」

激高する俺と、訳のわからない事を叫ぶ医者。現実離れした異様な空間だった。
その時、俺の首に生暖かいものが巻きついた。
赤い血みどろの左腕。
俺の背筋に電撃が走った。


907 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:41:04 ID:T70ctGeH0

「見つけた…」
あのキチガイ女だった。
俺は絶叫した。これ以上の声は出せない程に絶叫した。
俺には女が、暗く陰湿な冷たい壁に囲まれた、永遠の監獄のように感じられた。
医者が立ち上がり、俺の両肩を掴む。
「君は奈々子を殺したんだ!君には永遠に、奈々子と一緒に死んでもらう!!!
もう私には無理なんだ!!この子は暗闇の中で死んだ!!!この子の孤独を君が共有してくれ!!!!」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

その瞬間、目の前が緑色に染まった。
気が付くと俺は、道路脇の草むらの中で倒れていた。
どこにも怪我はない。バイクも横倒しになっていたが、無事だ。
夢…?俺は夢を見ていたのか?
周りを見渡すと、あの道の駅が見える。仮設トイレは無い。
時刻は8:00。俺は何をしていたんだ。
不思議な体験だった。きっと俺は、夢か幻に踊らされていたのだろう。

その後、俺は無事に北海道一周をやりきり、自宅へと回帰した。


908 : ◆lWKWoo9iYU :2009/06/11(木) 10:41:46 ID:T70ctGeH0

実を言うと、その後も俺は、その女に付きまとわれることになる。
またそれは後日、暇な時に書く。
結果的には、今はもうその女は居ない。
ある霊能者のおかげで、その女の退治が出来たんだ。
俺はその霊能者の人が居なかったら、狂って死んでいたかもしれない。


678 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 20:31:32 ID:kOT+Y6Db0

あの北海道ツーリングから3ヶ月。
俺は今、都内の駅前広場のベンチに座っている。
夏の暑さも終わり、街に冬の気配が漂う秋風の季節だった。
季節の流れに街の色が移ろうように、3ヶ月間で俺の人生も大きく変わった。

あの日、俺と一緒に北海道を旅したバイクはもう居ない。
トラックと正面衝突を起こし、跡形も無く大破した。
俺はその事故で、左脚と左腕、左側の鎖骨と肋骨4本を骨折する、重傷を負った。全治5ヶ月と診断された。
生きていただけ有難いが、全治5ヶ月の人間を、俺の会社は不必要と判断し、書類一枚の郵送で解雇した。

おかげで、バイクも失い、仕事も失い、残ったのは僅かばかりの貯金と、ポンコツの身体だけだった。
幸い、後遺症も無く回復しそうな感じではあるが、左腕の回復が妙に遅い。
左脚、肋骨、鎖骨はもう殆ど治っているのに、左腕は未だに折れたままだ。
医者も不思議がっていた。俺も不思議だ。

あの時、俺は何故事故を起してしまったのか、記憶が無い。
医者は、事故のショックに因る、一時的な記憶障害と言っていた。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
俺はすっかり社会から逸脱していた。

例え怪我が癒えても、俺には帰るべき職場も無い。
俺はすっかり生きていく自信を失っていた。
このまま俺は社会不適合者として、枯葉の様に朽ち果てるのではないだろうか。
そんな事ばかりを考えていた。


679 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 20:32:18 ID:kOT+Y6Db0

俺が今、駅前広場のベンチに座っている理由は、一週間前の出来事に遡る。

俺は病院に行く為に、この駅を利用している。
俺の体は、俺の思うように動いてくれない。
不意に人の波に足を取られ転倒した。
そんな時、俺を助けてくれる人間は皆無だ。

ほんの少しこちらに目線をくれるだけで、人々は通り過ぎていく。
別にそれでも良かった。助けて欲しいとは思わない。
妬む気持ちや、恨めしいという気持ちは無い。ただ自分が惨めで仕方なかった。
弱いということは、孤独で惨めな感情を引き立てる。毎日が泣きたい日常だった。

駅前広場のベンチに座り、俺は休んでいた。
人々の流れを見ながら、俺はかつての日常を思い出していた。
あの頃に戻りたい。過去に戻れたら、どんなに良いだろうか。
不意に若い男が、俺の隣に座った。

若い男はタバコに火を点け、煙を空に向かって吐き出した。
「お兄さん、やばそうだね」
若い男が俺に話しかけてきた。俺は黙って人々の流れを見ていた。
「別に怪しいもんじゃないよ。ただ今のお兄さん見てると、助けが必要なのかなって思ってさ」
「助け?助けなんか要らないさ。体が治れば、俺だって自力で生きていける」
若い男は、溜息をつくように煙を吐き出す。

「その体はもう治らないよ。治ったとしても、また同じ事を繰り返すだけだ」
俺は黙って人々の流れを見る。言い返す気力も湧かない。
「一週間後にさ、またここに来てよ。そしたら俺たちが、お兄さんの力になるからさ」
そう言って若い男は、その場から立ち去った。
俺は虚空を眺めていた。
俺はあんな奴に、あんな事を言われるまでに落ちぶれたか。


680 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 20:32:59 ID:kOT+Y6Db0

その日の夜、俺はアパートのベッドの上で横になっていた。
姉が時折俺の面倒を見に来る以外に、誰も訪れない。
俺は孤独な狭いアパートの中で、ただ天井を眺めていた。
つきまとう女 (1/5) |つきまとう女 (2/5)つきまとう女 (3/5)つきまとう女 (4/5)つきまとう女 (5/5)
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